貧困は、人生という海の砂州であり、冨は岩壁である。 幸福な人々は、その間をすり抜けて船を操っていく。
自己侮蔑という男子の病気には、 賢い女に愛されるのがもっとも確実な療法である。
金は天下のまわりものだ。いつもこちらをよけてまわるのが気にくわないが。
男は退屈から結婚し、女は好奇心から結婚する。そして双方とも失望する。
正しい結婚の基礎は相互の誤解にある。
一人の女しか愛さない男はしばしばもっとも幸福な生活を送るが 死ぬときはもっとも孤独な死にかたをする。
男が本当に好きなものは二つ。危険と遊びである。 そしてまた、男は女を愛するが、それは遊びのなかで最も危険なものであるからだ。
一生涯ひとりの異性を愛することは、 一本の蝋燭が生涯燃えることと同じである.
結婚は、多くの短い愚行を終わらせる。一つの長い愚鈍として。
急いで結婚する必要はない。 結婚は果物と違って、いくら遅くても季節はずれになることはない。
死の恐怖は、解決されない生の矛盾の意識にすぎない。
時間を浪費するな、人生は時間の積み重ねなのだから。
女と別れるごとに、自分の中でなにかが死ぬのを感じた。
私達は年齢を重ねるにつれて、 時間の価値をいっそう鋭く感じるようになる。 実際、時間以外のものはまるで大したものではないように映じてくる。 そしてこの点で、私達はいよいよ悲惨な人間になってくる。
「お酒は?」「飲みません。現実から逃避する必要がないので……」 「私も現実には満足してますが、うまい酒は現実の一部ですよ」
結婚するのは、二人とも他に身の振り方がないからである。
もし人生をやり直すのだったら、私は結婚しないでしょう。
孤独が怖ければ結婚するな。
真の友は共に孤独である。
女房に愛される技術というものは発明されないものだろうか。