私達は踏みなれた生活の軌道から放り出されると、 もうダメだ、と思います。 しかし、実際はそこに、ようやく新しい良いものが始まるのです。 生命のある間は幸福があります。
初恋に勝って人生に失敗するというのは良くある例で、 初恋は破れるほうがいいと言う説もある。
他人の芸を見て、 あいつは下手だなと思ったら、 そいつは自分と同じくらい。 同じくらいだなと思ったら、 かなり上。 うまいなあと感じたら、 とてつもなく先へ行っている。
思いあがりは若者の特権だ。
男の人生にはいくつかの節目がある。 童貞の喪失、結婚、子供の誕生、好きな女の笑顔。
「誇りは命を縮めるぞ」「自身過剰もな」
明るいときに見えないものが暗闇では見える。
はたして人は、不徳なくして徳を、 憎しみなくして愛を、醜なくして美を考えることができるだろうか? 実に悪と悩みのおかげで地球は住むにたえ、人生は生きるに値するのである。
子供っぽい空想遊びはそれで終わった。成長とともに信じる心は薄れる。 そう望んだからではなく、それが現実なのだ。
10歳にして菓子に動かされ、20歳にしては恋人に、30歳にして快楽に、 40歳にしては野心に、50歳にしては貪欲に動かされる。 いつになったら人間はただ知性のみを追って進むようになるのであろうか。
ある人に魚を一匹与えれば、その人は一日食える。 魚の取り方を教えれば、その人は一生を通して食える。
人は女に生まれない。女になるのだ。
十二才の時のような友達はもう二度できない……もう二度と…。
ディズニーランドは いつまでも未完成である。
弱い者ほど相手を許すことができない。許すということは、強さの証だ。
人間にとって、最大の幸福とは何か。 それは、新しい発展に参加することだ。
二十歳のときに詩人であるものは、詩人ではなく、ただの人間にすぎない。 二十歳を過ぎて詩人であれば、そのときかれは詩人である。
教訓をすぐ忘れるのも、人間の特徴の一つだ。
学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、なお残っているもの、それこそ教育だ。
それでは雑草とは何か。良さをまだ発見してもらっていない植物のこと。